それは、私が一人暮らしをしていたアパートでの出来事でした。ある夏の日、ベランダのエアコンの室外機の裏に、アシナガバチが巣を作っているのを発見しました。大きさは、まだテニスボールほど。私は、パニックになりました。蜂は大の苦手です。一刻も早く、この恐怖の根源を取り除きたい。その一心で、私は、大家さんや管理会社に連絡するという、基本的な手順を、すっかり失念してしまいました。そして、インターネットで調べた付け焼き刃の知識を頼りに、「自力駆除」という、最も愚かな選択をしてしまったのです。夜になるのを待ち、厚手のパーカーを着込み、バイクのヘルメットを被るという、今思えば滑稽で、あまりにも不完全な装備で、私は戦場(ベランダ)へと向かいました。殺虫スプレーを、巣に向かって、狂ったように噴射しました。蜂は、一斉に巣から飛び立ち、羽音は轟音に変わりました。何匹かがヘルメットに激しく体当たりしてくる、その恐怖。私は、スプレーを一本使い切ると、這う這うの体で部屋へと逃げ帰りました。幸い、刺されることはありませんでしたが、その夜は、蜂が部屋に侵入してくるのではないかという恐怖で、一睡もできませんでした。翌朝、ベランダには、蜂の死骸と、無残に落ちた巣が転がっていました。私は、勝利したかのように思えました。しかし、数日後、管理会社から一本の電話がかかってきました。「〇〇さん、ベランダで殺虫剤を大量に使用されましたか?隣の部屋の方から、匂いがひどいと苦情が入っているのですが」。私は、正直に事情を話しました。すると、管理会社の担当者は、呆れたような声で言いました。「なぜ、すぐに報告してくれなかったのですか。弊社で提携している業者に依頼すれば、安全に、そして費用も管理費から駆除できたんですよ」。その言葉に、私は愕然としました。自分の勝手な判断と行動が、隣人に迷惑をかけ、そして、本来払う必要のなかったかもしれないお金を、業者に払うという未来(もし業者を呼んでいたら)を、自ら作り出してしまった。あの時の苦い経験は、報告・連絡・相談という、社会人としての基本がいかに大切かを、私に痛感させてくれました。